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メジャーリーグベースボール選手会が主張するサラリーキャップに対するスタンスは他リーグとして比較して正当なのか

Mike DeCourcy

石山修二 Shuji Ishiyama

メジャーリーグベースボール選手会が主張するサラリーキャップに対するスタンスは他リーグとして比較して正当なのか image

メジャーリーグベースボール選手会(MLBPA)の専務理事であるトニー・クラーク氏は、アトランタで開催されたオールスターゲームの場で記者たちを前に、サラリーキャップ制度の導入提案は支持者が主張する内容と正反対のものだと断言した

「キャップはパートナーシップではない。キャップはスポーツの成長のためではない」とクラーク氏は語った。

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「キャップはフランチャイズの価値と利益のため、それがキャップの本質だ」

これは非常に巧妙な言い回しだ。彼なら、メジャーリーグの先発投手として第二のキャリアを築く可能性もあるかもしれない。

クラーク氏のこの主張は、NFLをはじめNHL、NBAといった他のアメリカの主要プロスポーツリーグで積み上げられてきた実績と矛盾する。また、メジャーリーグ(MLB)の選手たちの収入の伸び悩み、MLBそのものへの関心の低下とも相反する。

サラリーキャップ制度を採用しているバスケットボール、ホッケー、フットボールの観客数と給与は全体的に増加を続けている。一方、MLBの選手たちが手にしている給与はリーグ全体の収入に占める割合で見ると他の3つのリーグに比べて低いものにとどまっている。また、リーグ最低給与に近いMLBの選手たちの給与は他のスポーツの同レベルの選手と比べても大幅に低いのが実情だ。

MLB選手会はなぜサラリーキャップに反対するのか

野球選手の多くがリーグの最低給与またはそれに近い給与しか受け取っていないことを考えると、MLBPAが実際には誰の利益のためにサラリーキャップに反対する立場を表明しているのか疑問が生じる。

クラーク氏がアトランタで語ったコメントは、政治家になったほうがよいかもしれないくらい、まったくもってナンセンスなものだった。

– 「サラリーキャップは歴史的に、保証契約を制限するものだ」

オクラホマシティ・サンダーは全米で42位の市場規模にも関わらずタイトルを獲得し、ポイントガードのシェイ・ギルジャス・アレクサンダーと4年間2億8500万ドル(1ドル148円換算で約421億8000万円、以下同)という高額の保証契約にサインした。

– 「私たちはこれは競争のないシステムだと選手たちによく伝えている」

このシステムでは、どのチームが最も収益を上げているかではなく、競技における競争そのものが重視される。

–「優れたものが報いられるのではなく、むしろ組織的な観点からそれを損なう形になっている」

彼は明らかにカンザスシティ・チーフスというチームについて聞いたことがないようだ。

– 「そのシステムが導入されて以来、歴史的にロックアウトやストライキが繰り返されてきた」

NFLのチームは1987年以来、ストライキのために試合を行わなかったことはない。NHLは団体交渉協定を2030年まで延長した。旧協定は来年まで有効だったにも関わらずだ。

クラーク氏は、このスポーツは最低給与制度だけで十分だと主張しているわけではない。その点は認める。最低給与制度だけで十分だという主張は常識に反する。野球の才能には限りがある。使える資金が増えても、優れた選手が単純に増えるものではない。高収入のチームに制限を課すことなく、低収入のチームにタレントを獲得するための支出増加を強いれば、貧しいチームが現在抱えている選手たちにより多くの資金を支払わなければならなくなるだけだ。

そして、現状では最低給与が設定されている。2025年のMLBの最低年俸は76万ドル(約1億1248万円)に設定されている。筆者による計算ではリーグの20%以上の選手がこの金額でプレーしている。

スポーツ記者の年俸としたら莫大な額だが、2024年に121億ドル(約1兆7908億円)の収益を上げたとされるスポーツのプロ選手としては途方もなく低い金額と言わざるを得ない。ロスターの人数的には野球の1チームとほぼ変わらない26人のNHLは同期間でほぼ半分の収益だったが、それでもNHLの最低年俸は77万5000ドル(約1億1470万円)となっている。

これだけでもクラーク氏とMLBPAは恥ずかしく思うだろうが、問題はそれだけでない。『Spotrac.com』のMLB給与トラッカーを使って計算したところ、現在アクティブ・ロスターに登録されているメジャーリーガーの36.6%は、1シーズンを通してNHLの最低給与を下回る収入しか得ていない。その中には、レイズのジュニオール・カミネロ(76万4100ドル、約1億1308万円)、ジョナサン・アランド(76万6500ドル、約1億1344万円)、ナショナルズのジェームズ・ウッド(76万4600ドル、約1億1316万円)といったオールスター選手も含まれている。

彼ら3人とも、2024-25シーズンにNHLで失点数トップを記録したサンノゼ・シャークスの23歳のディフェンスマン、ヘンリー・スローンよりも少ない給与でプレーしていることになる。

Elly De La Cruz

MLBPAの指導部が屈辱を感じるだろう材料はまだある。過去3シーズンで2度のオールスター選出を果たしたレッズのショートストップ、エリー・デラクルーズは今シーズンの年俸は、2024年を怪我で全休した打率.210のチームメイト、マット・マクレインと同じだ。

パイレーツのポール・スキーンズは、2023年MLBドラフトの全体1位指名選手でMLB初年度から2シーズン連続でナショナル・リーグのオールスターゲームに先発出場しているが、今季の年俸は87万5000ドル(約1億2950万円)だ。

スキーンズが手にした920万ドル(約13億6160万円)の記録的なサインボーナスを調停対象前の3シーズンに分割して加えれば、彼の年俸を394万ドル(約5億8312万円)まで膨らませることはできる。その上で、2024年NFLドラフトで全体1位指名を受けたシカゴ・ベアーズのクォーターバック、ケイレブ・ウィリアムズと比べてみよう。

ウィリアムズは今年2年目のシーズンを迎えるが、2025年の年俸は897万ドル(約13億2756万円)となる。そして2024年NBAドラフトで全体1位指名されたアトランタ・ホークスのフォワード、ザカリー・リザシェイの2年目の年俸は1320万ドル(約19億5360万円)だ。彼はリーグの得点ランキングで87位(1試合平均12.6点)だった。

2シーズンをフルにプレーした段階で、ウィリアムズはベアーズから計2730万ドル(約40億4040万円)の報酬を受け取る(サインボーナスと2年分の年俸)。リザシェイは2580万ドル(約38億1840万円、2年分の年俸)だ。これに対して、スキーンズが手にする報酬は両者の半分にも満たない1080万ドル(約15億9840万円、サインボーナスと2年分の年俸)となっている。

2025年時点で、現役のMLB選手の過半数の年俸が100万ドル(約1億4800万円)未満となっている。昨年NBAで見ると、年俸100万ドルに満たなかった選手はシーズンを通じてプレーできなかった選手に限られる。

MLBの競争システムが上位のチームに偏っているだけでなく、選手の給与構造も同様に上位の選手に傾いた構造になっていることは明らかだ。

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サラリーキャップ&サラリーフロアはチームの支出増につながる?

メジャースポーツにおけるすべてのサラリーキャップ制度には、サラリーフロア、つまり選手への報酬として支出しなくてはいけない下限も設定されている。

NFLでは、サラリーキャップ額の89%以上をサラリーとして支出する必要がある。今年のキャップは2億7920万ドル(約413億2160万円)で、前年比で2380万ドル(約35億2240万円)増加している。NHLでは2024-25シーズンのキャップ8800万ドル(約130億2400万円)に対してフロアーが6500万ドル(約96億2000万円)となっている。NBAの場合、フロアは実質無関係と言っていい。2024-25シーズンには全30チームがリーグのソフトキャップを上回る支出をしており、1チームを除いてすべてが8桁(1000万)ドル以上、キャップを超過していた。

もしMLBがキャップ制度を導入した場合、2025年の総年俸予算が1億5500万ドル(約229億4000万円)に満たない15チームでは支出が増加する可能性が極めて高い。

野球における経済的不均衡は、アメリカの男性メジャースポーツ界でも最も大きな競争の不均衡を生み出している。大きな市場に本拠地を持ち、それに応じた収益優位性を持つチームは、チーム運営で大失敗でもしない限り負けない状況にある。

ドジャースはワールドシリーズに過去8年間で4回出場して直近5回のうち2回優勝し、21世紀に入ってから負け越しシーズンは2度しかない。ヤンキースに至っては一度も負け越しを経験していない。

一方、市場規模の大きさで下位にあたる5チームは、2000年以降平均16回の負け越しシーズンを経験し、ワールドシリーズ出場は合わせて3回、優勝は1回しかない。最大の市場5つを本拠地とする8チーム(エンゼルスを含めるのは非常に寛大な判断と言える)の負け越しシーズンは平均10回、合計22回のワールドシリーズ出場と10回の優勝を挙げている。このグループではメッツを除くすべてのチームが少なくとも1回の優勝を経験している。

サラリーキャップ制度に反対する人々は、ワールドシリーズ優勝チームの多様性をリーグのバランスを示す証拠として提示しようとするが、それは単なるごまかしに過ぎない。2000年以降、市場規模トップ15に入る街を本拠地とするチーム以外からワールドシリーズ制覇にたどり着いたのは3チームのみで、15チームは市場規模トップ10に入る本拠地を持つチームだった。

NFLのキャップ制度は、市場規模59位のニューオーリンズ・セインツから1位のニューヨーク・ジャイアンツまで、はるかに多様なチャンピオンを生み出してきた。市場規模トップ15以外からも13チーム、市場規模トップ20以外から10チームがスーパーボウル・チャンピオンに輝いている。市場規模トップ10からも5チームがチャンピオンとなっているが、MLBのようにほぼ毎年同じような顔ぶれの強豪チームが優勝するわけではない。

NFLでは、応援するチームに成功する可能性が平等に与えられていることをすべてのチームのファンが認識している。これがリーグの人気が継続的に上昇している大きな理由の一つだ。

NFLは2024年に1試合平均69,520人の観客動員数を記録し、総動員数は1,890万人を超えた。MLBの観客動員数は2007年に7,940万人でピークに達し、その後ほぼ20年間にわたってその数字に近づいたことはない。多くの街で、自分たちが応援するチームに成功する可能性がほとんどないことをファンが時と共に思い知らされてきた結果だ。

クラーク氏のアプローチが続く限り、この状況が変わることはないだろう。

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原文:Players' Association spin on MLB salary cap easily disproven by growth, success of other leagues
翻訳・編集:石山修二(スポーティングニュース日本版編集部)


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Mike DeCourcy

Mike DeCourcy has been the college basketball columnist at The Sporting News since 1995. Starting with newspapers in Pittsburgh, Memphis and Cincinnati, he has written about the game for 37 years and covered 34 Final Fours. He is a member of the United States Basketball Writers Hall of Fame and is a studio analyst at the Big Ten Network and NCAA Tournament Bracket analyst for Fox Sports. He also writes frequently for TSN about soccer and the NFL. Mike was born in Pittsburgh, raised there during the City of Champions decade and graduated from Point Park University.

石山修二 Shuji Ishiyama

スポーティングニュース日本版アシスタントエディター。生まれも育ちも東京。幼い頃、王貞治に魅せられたのがスポーツに興味を持ったきっかけ。大学在学時に交換留学でアメリカ生活を経験し、すっかりフットボールファンに。大学卒業後、アメリカンフットボール専門誌で企画立案・取材・執筆・撮影・編集・広告営業まで多方面に携わり、最終的には副編集長を務めた。98年長野五輪でボランティア参加。以降は、PR会社勤務・フリーランスとして外資系企業を中心に企業や団体のPR活動をサポートする一方で、現職を含めたライティングも継続中。学生時代の運動経験は弓道。現在は趣味のランニングで1シーズンに数度フルマラソンに出場し、サブ4達成。