スイッチヒッターによるシーズン最多本塁打記録トップ10|ラリーはマントルの記録を更新できるか?

石山修二 Shuji Ishiyama

Teddy Ricketson

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野球のバッティングは、スポーツの中で最も難しいことの一つと考えられている。ほとんどの選手は利き手と同じ側の打席から打つが、中には両方の打席から効果的に打つ技術を身につける者もいる。

スイッチヒッターは対戦する投手の利き腕に対して、反対側の打席からスイングする傾向がある。これにより、ボールのリリース角度をより良く見極められるメリットがあるからだ。一瞬で勝負の決まる野球においてはあらゆる優位性が活用される。

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スイッチヒッティングを習得すること自体が驚異的だが、それで長打力を発揮するのはさらに驚くべきことだ。シーズン最多本塁打記録はバリー・ボンズが2001年に打ち立てた73本である。これに対し、2025年時点でスイッチヒッターのシーズン最多本塁打記録は1961年にミッキー・マントルが樹立した54本という事実がスイッチヒッティングの難しさを示している。

その後、何人かの選手がこの記録に迫ることはあったが、1999年にチッパー・ジョーンズが打った45本が最高だった。そんな中、カル・ラリー(ローリー)が現れた。ローリーはまるでビーチボールを打ち返すかのようにホームランを量産し、早々に捕手によるシーズン最多本塁打記録を樹立した。ラリーは8月にこの記録を更新し、さらにマントルのスイッチヒッターの最多本塁打記録を塗り替えるのに1ヶ月以上のシーズンを残している。

ここでは、ラリーの2025年の活躍を、過去のスイッチヒッターによるシーズン本塁打記録と比較していく。

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1位:ミッキー・マントル/54本(1961年ヤンキース) 

ミッキー・マントルは史上最高の野球選手の一人だ。『ザ・ミック』や『コマース・コメット』の異名で知られたマントルは1951年にヤンキースでデビューし、17年間のキャリアを通じて一貫してヤンキースでプレーした。20回のオールスター選出を果たし、7度のワールドシリーズ制覇を経験した。MVPには3度、アメリカン・リーグの本塁打王には4度輝いている。その背番号7はヤンキースの永久欠番となっている。1974年には資格初年度に殿堂入りを果たした。

そんなマントルの1961年のシーズンは記録に残るものだった。マントルとチームメイトのロジャー・マリスは、ベーブ・ルースが持つ162試合でのシーズン最多本塁打記録更新を競っていた。最終的にマリスは61本を打って記録を塗り替えたが、マントルはケガのため54本でシーズンを終えることとなった。それでもマントルは故障を抱えながらプレイオフで復帰し、レッズを相手にホームランを放つ活躍を見せた。

2位: ミッキー・マントル/52本(1956年ヤンキース)

ミッキー・マントルがこのリストに登場するのは2度目となるが、ちなみにこれが最後ではない。それだけでマントルの偉大さが分かる。

1956年、当時わずか24歳だったマントルはすでに歴史的なプレイヤーになろうとしていた。この年、マントルはベーブ・ルースが1927年に達成した60本のシーズン最多本塁打記録に9本差まで迫る活躍を見せた。マントルの本塁打数は1961年の54本がキャリアハイだが、1956年は52本塁打に加え、初のMVP賞を受賞した特別な年だった。

3位:カル・ラリー/50本(2025年マリナーズ) 

カル・ラリーは2025年に突如として現れた。シアトルで4シーズンを過ごしてきたスイッチヒッターは、その豊満な臀部から『ビッグ・ダンパー』のあだ名で知られていた。2021年のデビュー以来着実に成長していたが、最初の4シーズンで打ったシーズン最多本塁打は2024年の34本であり、2023年の30本、翌年の34本が彼のベスのように思われた。

そのラリーが2025年、オールスター戦前でのキャッチャーによる最多本塁打記録を更新し、オールスターゲームのホームランダービーでも優勝を果たし、記録更新に向かって打ち続けた。8月24日のアスレティックス戦の2本塁打で、サルバドール・ペレスが保持していたキャッチャーによるシーズン最多本塁打記録を早々に塗り替えた。

(カル・ラリーの49号ホームラン!メジャーリーグ史上、捕手によるシーズン最多本塁打記録を達成!)

記録更新後、ローリーはさらに2本のホームランを打って50本塁打まで記録を伸ばしている。マントルに並ぶまであと4本、新記録更新まであと5本だ。怪我や不振がなければ、記録更新は十分に可能だ。

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4位タイ:チッパー・ジョーンズ/45本(1999年ブレーブス) 

チッパー・ジョーンズはメジャーリーグ史上最高の三塁手の一人だ。18年間のキャリアを一貫してアトランタでプレイし、8度のオールスター選出に加え、1999年にはナショナル・リーグのMVPに選ばれた。ブレーブスは彼の背番号10を永久欠番とし、2018年には資格初年度での殿堂入りを果たした。キャリア通算の本塁打数は468本を数え、スイッチヒッターとしては当時歴代3位の記録をマークしていた。

1999年のジョーンズのMVP受賞には異論もあった。本塁打、打点、打率のいずれもリーグ・トップの数字ではなかったからだ。それでも打率.319、45本塁打、110打点という好成績で彼はMVP投票32票中29票の1位票を獲得した。ブレーブスのプレーオフ進出を決定づけたメッツとのシーズン終盤の重要なシリーズで、ジョーンズが放った4本塁打と7打点がMVP受賞の決め手になったと多くの評論家は評している。

4位タイ:ランス・バークマン/45本(2006年アストロズ) 

ランス・バークマンは、ヒューストンで一時代を築いた『キラーB』の一人だ。当時のアストロズではショーン・ベリー、デレク・ベル、クレイグ・ビジオ、ジェフ・バグウェルといった頭文字にBを持つチーム史上屈指のスラッガーたちが偶然にも同時に活躍していた。ベリーとベルがチームを去ると、バークマンは完璧にその穴を埋め、後継者の役割を担った。

バークマンは14年間のキャリアのうち11年間ヒューストンでプレイした。バークマンは6度のオールスター選出を果たし、2011年にはカムバック賞を受賞するとともに、カーディナルスでワールドシリーズ制覇を果たした。

6位:アンソニー・サンタンデール/44本(2024年オリオールズ)

アンソニー・サンタンデールは2017年、オリオールズでメジャーデビューを果たした。そのスイングは常に評価されていたが、期待されたパワーヒッターとしての活躍は難しいと考えられていた。しかし2024年、転機が訪れた。

サンタンデールはボルチモアで44本塁打を放ち、自身初にして唯一のオールスター選出を果たした。この活躍が評価され、オフシーズンに高額契約でブルージェイズ入りしたが、トロントでは故障に悩まされ、前年の長打力を再現することはできていない。

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7位:マーク・テイシェイラ/43本(2005年レンジャーズ) 

マーク・テイシェイラは2003年から2016年まで13年間にわたってプレイした。デビューはレンジャーズだったが、2007年にブレーブスとの悪評高いトレードで移籍した。テイシェイラはテキサスから提示された8年総額1億4000万ドル(1ドル147円換算で約205億8000万円、以下同)という破格の契約を拒否したため、レンジャーズは彼をブレーブスにトレードしたのだった。テイシェイラの交換要員として得たのはジャロッド・サルタラマッキア、エルビス・アンドラス、ネフタリ・フェリス、そして他の2人のプロスペクトだった。このトレードが悪評を受けた理由は、ブレーブスは2008年に1年契約を結んだものの、すぐにテイシェイラはケーシー・コッチマンとの交換でエンゼルスにトレードされたためだ。そのシーズンをロサンゼルスで終えたが、テイシェイラはヤンキースと8年総額1億8000万ドル(約264億6000万円)の契約を結んだ。

テイシェイラは常に安定した活躍を見せたが、レンジャーズ時代の2005年に記録した成功を輝きを再び見せることはなかった。

8位タイ:ミッキー・マントル/42本(1958年ヤンキース)

このリスト3度目の登場となるミッキー・マントルは、1958年のシーズンにも42本のホームランを放っている。その年、マントルは打率.304、打点97を記録した。マントルの本塁打数が伸びなかった理由の一つは、129四球を選んだことだ。このシーズン四球数は彼のキャリアでも2番目に多いである。最新の正確な数値は入手困難だが、『Plate Crate』によれば2022年のMLB打者の平均四球数は45だった。1958年のマントルは平均的な打者のほぼ3倍の四球を選んでいたことになる。

(1958年3月1日、ミッキー・マントルとハンク・アーロンがスプリングトレーニングの試合前に顔を合わせた。)

8位タイ:ランス・バークマン/42本(2002年アストロズ)

ランス・バークマンもこのリストに2度登場している。ヒューストン時代の最初の4シーズン、バークマンは年々成長を遂げていた。新人時代は出場機会が限られ4本塁打だったが、2000年には21本、2001年には34本、そして2002年には42本と本塁打数を伸ばしていった。2002年、バークマンは2度目のオールスター選出を果たし、MVP投票では3位に入った。これはバークマンがMVP投票で記録した最高順位である。このシーズンのバークマンの本塁打29本はオールスター戦前に集中しており、スイッチヒッターとしてオールスター前の最多本塁打タイ記録となっていたが、2025年にカル・ラリーによって更新された。

バークマンはその守備でも知られた選手だった。42本塁打を放った同じ年、彼は丘の上で驚異的なランニングキャッチを決めた。そう、かつてミニッツメイド・パークののセンターフィールドにあった『タルズ・ヒル』と呼ばれた丘だ。

(2002年5月18日、ランス・バークマンが『タルズ・ヒル』で驚異的なキャッチを決めたあの日を振り返る。)

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10位タイ:トッド・ハンドリー/41本(1996年メッツ)

Todd Hundley

トッド・ハンドリーは、このリストの中でも若い野球ファンには馴染みの薄い名前かもしれない。彼は1990年から2003年まで13年間メジャーでプレイした。1996年シーズンに41本塁打のキャリアハイを記録したが、それ以外のシーズンでは30本以上打つことはできなかった。この1996年を含め2度のオールスター選出を果たしている。ラリー同様ハンドリーも捕手だったが、当時ナショナル・リーグには指名打者制度がなかったため、メッツ、ドジャース、カブスと移籍を繰り返す中で、ハンドリーは出場した試合全てで捕手としてプレイした。

10位タイ:カルロス・ベルトラン/41本(2006年メッツ)

カルロス・ベルトランは19年にわたってメジャーリーグでプレイした。1998年にロイヤルズでデビューしたが、最も知られているのは2005年から2011年までのメッツ時代だ。ベルトランは1999年に新人王を獲得し、9度のオールスター選出を果たした。また、アストロズで2017年のワールドシリーズを制した。通算435本塁打を記録し、スイッチヒッターとしては歴代4位の記録を残している。最高のシーズンは2006年で、この年41本塁打を放った。またこの年、ベルトランはゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞を受賞し、MVP投票では4位に入った。

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原文:Most home runs by a switch hitter: Where Cal Raleigh's 2025 HR total compares to Mickey Mantle MLB record
翻訳・編集:石山修二(スポーティングニュース日本版編集部)


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石山修二 Shuji Ishiyama

スポーティングニュース日本版アシスタントエディター。生まれも育ちも東京。幼い頃、王貞治に魅せられたのがスポーツに興味を持ったきっかけ。大学在学時に交換留学でアメリカ生活を経験し、すっかりフットボールファンに。大学卒業後、アメリカンフットボール専門誌で企画立案・取材・執筆・撮影・編集・広告営業まで多方面に携わり、最終的には副編集長を務めた。98年長野五輪でボランティア参加。以降は、PR会社勤務・フリーランスとして外資系企業を中心に企業や団体のPR活動をサポートする一方で、現職を含めたライティングも継続中。学生時代の運動経験は弓道。現在は趣味のランニングで1シーズンに数度フルマラソンに出場し、サブ4達成。

Teddy Ricketson

Teddy Ricketson is a Digital Content Producer at The Sporting News. He joined the team in 2024 after spending the last three years writing for Vox Media as part of its DK Nation/Network team. Teddy does his best to support the South Carolina Gamecocks and Carolina Panthers, but tends to have more fun cheering on the Atlanta Braves. In his free time, he loves spending time with his wife, Brooke, and their two dogs, Bo and Hootie.