【WRC】最年少王者ロバンペラ不在の衝撃と新星「ソルベルグ」の鮮烈な復活 常勝トヨタ2026年の挑戦

松永裕司 Matz Matsunaga

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Toyota Gazoo Racing

WRC2025シーズン最終戦に挑むカッレ・ロバンペラ

世界ラリー界において「ロバンペラ」と「ソルベルク」という名を知らぬ者はないだろう。2025年は、その2つのファミリーが交叉するシーズンとして記憶されるに違いない。

英語に「If it ain't broke, don't fix it(壊れていないものを直すな)」という諺がある。機能しているならば、それに手を加えるべきではないという教えだ。

2025年シーズンのトヨタ・ガズー・レーシング・ワールド・ラリー・チーム(TGR-WRT)は、まさにそんなチームの極致。11月9日に幕を閉じたラリージャパンまで世界ラリー選手権(WRC)全13戦中12勝。692ポイントを獲得し、2位ヒュンデの464ポイントを大きく引き離し、5年連続のマニュファクチャラーズタイトルを獲得。

ドライバーズ・チャンピオンが確定していない要因は、TGRチームの3ドライバー、エリフィン・エヴァンズ、セバスチャン・オジエ、カッレ・ロバンペラがまさに三つ巴の戦いを繰り広げているからに他ならない。ともすれば、こちらの王者争いもトヨタ勢1−2−3フィニッシュで2025シーズンを終えかねない。ライバル・チームを絶望させるほどの圧倒的な戦績。WRC史上、これほどまでに完璧に近い支配を築いたチームは稀有だ。

TGR 2026 lineup

Toyota Gazoo Racing

本来であれば、英語の格言通りチーム首脳陣はこの黄金体制の維持に全力を注ぐはず。しかし、トヨタはこの「完璧な布陣」を解体、再構築に迫られた。TGR-WRCチームは11月10日、26年シーズンのドライバーズ・ラインナップを発表。これには2つの衝撃があった。

ひとつはかねてから伝わっていたロバンペラの離脱。もうひとつはWRCトップチームのラインナップに「ソルベルク」が名を連ねていたからだ。カッレは元WRCドライバー、ハリ・ロバンペラの息子であり、オリバーもまた元WRC王者ペター・ソルベルクの息子である。

ロバンペラ・ショック:「絶対エース」の離脱 

Rovanpera Last Race

Toyota Gazoo Racing

TGRからの発表には一切触れられていないものの、ロバンペラの離脱はやはり大きな衝撃だ。ロバンペラは、単に「速い」だけの存在ではない。これまでにWRCの数々の最年少記録を塗り替えてきた、いわば「革命児」でさえあった。2020年に19歳でワークス入りすると「世界王者になれるか…が問いではない、王者に何回君臨するかだ」と言わしめるほどの才能を見せつけた。

同年、まずは史上最年少で表彰台に立つと、21年7月、第7戦ラリー・エストニアで史上最年少優勝記録を更新。20歳290日での優勝は、同チーム代表のヤリ-マティ・ラトバラが08年に打ち立てた22歳313日を塗り替えた形だ。さらに22年10月には、第10戦ラリー・ニュージーランドで優勝、WRC初戴冠を22歳1日で成し遂げ、ここでも最年少王者記録を打ち立てた。1995年にコリン・マクレーがスバルを駆り、27歳109日で打ち立て記録を5歳以上更新。

23年には連覇を果たし、レジェンド、セバスチャン・ローブが持つWRC9連覇に迫るドライバーかと期待された。だが「精神的、体力的な疲労」を原因に、24年のフル参戦を断念。25年に復帰を果たし3勝を挙げ、またも王者争いに名を連ねたが、26年より日本のスーパーフォーミュラへの挑戦を宣言した。

これほどのエースドライバーを失うことは、チームにとって致命的な戦力ダウンを意味する。あえてサッカーで例えれば全盛期のリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドを失うようなもの。チームが崩壊しかねない危機的状況とも言える。

しかし、TGRのチーム代表ラトバラのコメントからは、悲壮感や焦りは感じられない。「スピードと経験のバランスが取れた強力なドライバー陣が再びそろいます」と断言。ロバンペラ「個」の才能に依存するのではなく、チームの「総合力」で勝利を目指すという、トヨタの哲学が透け、またその態勢の厚さが垣間見える。

ソルベルグ2世オリバーの復活劇

ロバンペラに穴を埋めるために、トヨタが白羽の矢を立てたのがオリバー・ソルベルグだ。このラインナップは、単なる戦力補強以上のドラマを内包している。

Solberg First Win

Toyota Gazoo Racing

「ソルベルグ」という姓は、ラリー界において特別な響きを持つ。父ペター・ソルベルグは2003年のワールドチャンピオン。その陽気なキャラクターで、世界中のファンから愛されたスターだった。スバルのドライバーとして日本との縁も深く、2004年に北海道・帯広を舞台に初開催されたラリー・ジャパンの初代勝者でもある。その息子であるオリバーもまた、幼い頃からパドックを遊び場とし、ステアリングを握ることを宿命づけられていた。

しかし、カッレと異なりオリバーの道のりは決して順風満帆ではなかった。22年、オリバーはヒョンデのワークスチームから、やはりWRC最高峰クラスへのデビューを果たした。だが、そこで待っていたのは残酷な現実。未熟な経験、相次ぐクラッシュ、そしてチームからの放出。多くの「2世ドライバー」がそうであるように、偉大すぎる父の名と、早すぎる昇格のプレッシャーに押しつぶされ、彼のキャリアは一度、暗礁に乗り上げたかに見えた。

だが、オリバーは終わっていなかった。彼は一歩下のカテゴリーであるRally2から出直す道を選択。泥にまみれ、下位カテゴリーで揉まれながら、かつて失った自信と、トップドライバーに必要な「ステディさ」を取り戻た。

オリバーのコメントは、その苦難の道のりを経た者だけが持つ、深みと謙虚さに満ちている。「今年はTOYOTA GAZOO Racingファミリーの一員として戦った、私にとって最高の一年でした」と振り返る。

今シーズン、彼はGRヤリスRally2でWRC2タイトルを獲得し、さらに7月の第8戦ラリー・エストニアでは、スポット参戦したRally1でいきなり悲願の初優勝を果たした。しかもこれがトヨタにとって通算100勝の記念すべき勝利でもあった。こうして「ソルベルク」の名を再びWRC史上刻んだ。

「Rally1車両に関してはまだ学ぶべきことが多く、現実を見据えながらも、楽しみながらベストを尽くしていきたいと思います」。かつての彼なら、もっと野心的な言葉を並べたかもしれない。しかし、今のオリバーは「現実を見据える」ことの重要性を知っている。父ペター譲りのカリスマ性とスピードに、挫折から学んだ精神的なタフさが加わった。

26年のオリバー・ソルベルグは、ロバンペラとはまったく異なるアプローチで、チームに新しいエネルギーを注入するだろう。

エルフィン・エバンスはWRCの「主役」となるのか

ロバンペラの不在によって、チーム内の力学も大きく変化する。その中心にいるのが、エルフィン・エバンスだ。

長年、オジエやロバンペラという「天才たち」のチームメイトとして、エバンスは常に強力なライバルであり続けたが、どこか「脇役」の印象を拭えずにいた。速さはあるが、あと一歩でタイトルに届かない。そんな彼にとって、26年はキャリアの集大成とも言える重要なシーズンとなる。

リリースの中で彼はこう語っている。「2025年はチーム全体としても、個人的にもおそらくこれまでで最も充実した年の一つとなりました」現在、残り1戦を残してタイトル争いの先頭に立っているという事実が、彼に絶大な自信を与えている。これまで「堅実なドライバー」と評されることの多かったエバンスだが、今季の彼は「最も強力かつ安定した」走りを見せているという。

ロバンペラがいなくなる26年、名実ともにTGRのエースはエバンスだ。マシンの開発、チームの戦略、すべてが彼を中心に回ることになる。「チームの皆はさらなる向上を目指して常に努力しています」という彼の言葉は、自分自身に向けられたものでもあるだろう。7年目のシーズンにして、ついに彼が「主役」としてスポットライトを浴びる時が来たのだ。

この若いチームにとって、最大の幸運はセバスチャン・オジエが残留を決めたこと。9度のタイトルを賭け王者争いを演じている生ける伝説は、26年もパートタイム参戦を継続する。

「来年もこのチームでドライブを続けられることをとても楽しみにしています」オジエのこの言葉は、社交辞令ではない。彼はすでにフルシーズンの激闘からは退いているが、ラリーへの情熱、そして何よりこのTGRというチームへの愛着は失っていない。「過去6年間、チームと一緒に特別な瞬間をたくさん経験してきており……その一員であることを誇りに思います」と語る彼の存在は、精神的な支柱として計り知れない価値を持つ。

開幕戦モンテカルロをはじめ、半数以上のイベントに出場するという計画は、マニュファクチャラーズタイトルの防衛には不可欠だ。そして何より、オリバーや後述する若手たちにとって、オジエと同じテントの下でデータを共有し、アドバイスを受けられる環境は、どんなトレーニングよりも効果的だろう。

次世代を担う侍と新星、勝田貴元とサミ・パヤリ  

常勝軍団の未来を占う上で、勝田貴元とサミ・パヤリの存在も無視できない。

Takamoto Katsuta

Toyota Gazoo Racing

TGR WRCチャレンジプログラムが生んだ最初の卒業生、勝田貴元。25年は、勝田にとって飛躍の年だったと言える。スウェーデンとフィンランドという、高速グラベル(未舗装路)とスノーラリーの聖地で2位を獲得した実績は、彼がもはや「学ぶ立場」のドライバーではないことを証明。

「厳しい瞬間もありましたが、それらが将来の自分をより強くしてくれると確信しています」と勝田のコメントには、トップアスリートならではのメンタリティが感じられる。スランプやミスを糧にし、それを強さに変える力。ロバンペラ不在の26年、表彰台の真ん中に勝田が立つ姿を見ることは、もはや夢物語ではない。彼にはそのスピードと経験がすでに備わっている。

そして、もう一人の若き才能、サミ・パヤリ。24年のWRC2王者であり、ラリージャパンで初の表彰台を獲得した彼は、オリバー・ソルベルグの良きライバルとなるだろう。「私たちが本当に目指しているのはいつかチャンピオン争いをすること」と公言する彼の野心は、チームに健全な競争意識をもたらす。オリバー、勝田、そしてパヤリ。このトライアングルが切磋琢磨することで、トヨタの組織力はさらに強固なものになるはずだ。

TGRが描き出す2026年の景色とは…

「来年私たちの情熱はコックピットの内外で存分に発揮されるでしょう」

 チーム代表ラトバラのこのコメントこそが、26年のトヨタ・ガズー・レーシングを象徴している。彼らは、ロバンペラという一人の天才に依存して勝つ道を選ばなかった。あるいは、その道が閉ざされたとき、嘆くのではなく、よりエキサイティングな「全員野球」ならぬ「全員ラリー」を選んだ。

ベテランのオジエが知恵を授け、全盛期のエバンスがチームを牽引し、オリバー、勝田、パヤリという異なる個性を持つ若き狼たちが牙を研ぐ。このバランスの妙こそが、ラトバラが作り上げたかった理想のチーム像なのかもしれない。

 13戦12勝という記録的なシーズンの翌年に訪れた、大きな変化。しかし、これは崩壊の予兆ではない。むしろ、トヨタがこれまでの「支配者」としての立場から脱却し、挑戦者としての熱狂を取り戻すための「第2章」の幕開けかもしれない。

 オリバー・ソルベルグがRally1のステアリングを握り、スタートラインに立つ時、世界中のラリーファンは思い出すだろう。かつて彼の父が見せた、あの魂を揺さぶるような走りを。そして確信するはずだ。カッレ・ロバンペラがいなくとも、WRCは依然として最高にドラマチックで、予測不可能で、エキサイティングなステージであり続ける、と。

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