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【GOAT議論】レブロン・ジェームズをNBA史上最高の選手に選ぶ場合のシナリオ|リーグ関係者の声から紐解く

Mike DeCourcy

小野春稀 Haruki Ono

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NBAのGOAT(Greatest Of All Time=史上最も偉大な選手)は誰なのか? つまりマイケル・ジョーダンとレブロン・ジェームズのどちらがGOATなのかという議論はスポーツ界で最も白熱している議論の1つだ。スポーティングニュースはNBAの歴史や文化における彼らの立ち位置を踏まえて2つのシナリオを考えた。

今回はレブロンがGOATであるというシナリオを考えてみよう。

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2006-2007シーズンのファイナル進出

レブロンが史上最も偉大な選手であるという主張の核心に迫りたいなら、NBAファイナルに進出した歴史上のチームの中で最も弱いチームのことから話し始めるのが最適だろう。

2006-07シーズンのクリーブランド・キャバリアーズは、歴代ファイナル出場チーム中で最悪の成績を残したわけではない。しかし、このキャバリアーズがシーズンを50勝32敗と勝ち越し、プレイオフでNBAファイナルまで進んだ唯一の理由は、レブロンの存在だ。

"キング"が率いたキャブズのローテーションには、NBAオールスターに選出された選手はほかに1人しかおらず、キャリア通算1万1000得点を記録した選手も、シーズンで平均15得点をマークした選手も、平均5アシストを記録した選手も、リーグで1000試合以上出場した選手もいなかった。

レブロンが驚異的なパフォーマンスを見せ、キャブズはデトロイト・ピストンズとの第5戦に勝利し、イースタン・カンファレンス決勝を3勝2敗でリードする。彼はこの年のプレイオフで平均45分出場し、25.1得点、8.1リバウンド、8アシストを記録した。

「彼がファイナルに連れて行った2006-07年のチームは、恵まれたチームではなかった」と、キャブズのレジェンドで、30年間放送チームの一員であるオースティン・カーは語ったている。

「彼はチェスの駒を動かすのがとてもうまかった」

「私は彼の高校時代の試合をいくつか見たが、彼は誰がどこにいて、どうすれば上手くいくかを把握する能力を持っていたんだ」

正直に言えば、2007年のキャブズの中でNBAファイナルにふさわしい選手はほかにいなかった。ガードのエリック・スノウは全盛期にはエリートディフェンダーだったが、シーズンで1試合わずか24分しかプレイしていなかった。ジドルナス・イルガウスカスは31歳で、平均27分しかプレイできず、得点は前年から1試合3点以上落ちた。アンダーソン・バレジャオはのちにオールディフェンシブチームに選ばれるようになるが、この時点ではただのロールプレイヤーだった。第2のスターに最も近いのは、元トップ10指名で平均14.9得点、3.7アシストを記録したラリー・ヒューズだった。バスケットボール殿堂入りとは縁のない選手ばかりだ。レブロンの殿堂入りの際にはゲストとして招かれるかもしれない。(レブロンが引退すればの話だが)

レブロンよりも高いレベルでバスケットボールをプレイした選手がいると勘違いしている人々は、レブロンを過小評価し続けている。

「6」だけが唯一の数字ではないだろう? アクロンのセント・ヴィンセント・セントメアリー高校でオハイオ州選手権優勝3回。オリンピックでの3つの金メダル。NBAに限って言えば、プレイオフシリーズ勝利41回、プレイオフで勝った試合数は184、プレイオフ出場試合数は292。プレイオフ18年間で1試合平均28.4得点、9リバウンド、7.2アシスト、FG成功率49.6%、出場時間41分。オールスターゲームに21回選出され、オールNBAに21回、シーズンMVPに4回選ばれている。4万2184得点は歴代最多得点であり、5万9041分は歴代最多出場時間である。1万1584アシストはリーグ史上4位、リバウンド数はトップ25に入る。そしてNBAファイナルに10回進出。そして4度のNBAタイトルを獲得した。

これらのことよりももっと驚くべきことは、レブロンが同時代でいかに評価されていないかということだろう。ビートルズが『リボルバー』、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、そしてなんと『アビイ・ロード』で世界を変えていたとき、少なくとも若者たちは彼らの短すぎる旅路を見て、感じ、祝福した。アメリカ中の親たちが、こんなものは雑音だ、フランク・シナトラ(歌手)やトミー・ドーシー(音楽家、トロンボーン奏者)のほうがずっといい、と叫んでいた。しかし、知っている人は彼らを評価していた。

レブロンのことを理解している人は少ないように見える。彼は40歳にしてシーズンの大半をプレイし、平均24.4得点、8.2アシスト、7.8リバウンド、FG成功率51.3%を記録した。これはリーグ内では、得点が13位、アシストが6位、リバウンドが22位、そして平均15点以上を記録した選手の中ではFG成功率が12番目に高かった。この年齢になると、カリーム・アブドゥル・ジャバーは平均14.6得点まで落ちていた。マイケル・ジョーダン、ウィルト・チェンバレン、ビル・ラッセル、コービー・ブライアント、マジック・ジョンソン、ジェリー・ウェストは全員、その頃には引退していた年齢だ。

レブロンは21シーズン連続でオールNBAチームに選出された。ジャバーは38歳、チェンバレンは35歳、ジョーダンとコービーは34歳、ラッセルは33歳が最後の選出だった。

「答えに到達するまでには長い時間がかかった。一度誰かが史上最高の選手だと言ってしまったら、それを取り消すことはできないからだ」とクリーブランドのスポーツキャスター、ケン・カーマンは語った。

「よし、レブロンが史上最高だと言って、2年後にああジョーダンが史上最高だねと言ったらどうなる? 手のひらを返しているように見えるよね」

しかし今、カーマンはついに答えに辿り着いた。

「レブロン・ジェームズだ」

LeBron James

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4回の優勝と10回のNBAファイナル進出

レブロンのキャリアを象徴するプレイは、その瞬間の映像が多く残っており、かなりの再生数を誇っている。

「ブロックだ。第7戦だ。彼は毎分プレイしていた。シーズン最後の試合の最後の1分で、彼は全速力でスプリントバックするという神業をやってのけた。一瞬でも遅れていたらゴールテンディングになってたんだ」

当時キャブズでチームメイトだったリチャード・ジェファーソンは、2023年にJJ・レディックのポッドキャストで語っている。

「『ザ・ブロック』は最も素晴らしいプレイだ」

レブロンは常にスコアラー以上の存在だったからこそ、そのブロックは彼を象徴する瞬間といえる。レギュラーシーズンとプレイオフを含めて1434本のシュートをブロックしているとはいえ、レブロンの『あのブロック』と言えば、どのプレイを指しているのか疑う余地はない。

2016年NBAファイナル、ゴールデンステイト・ウォリアーズとのシリーズは3勝3敗のタイ、第7戦は89対89分の同点で残り2分となった。カイリー・アービングのレイアップは外れ、ウォリアーズがリバウンド。すぐに2対1の速攻となり、ステフィン・カリーは右レーンを走るアンドレ・イグダーラを見つけ、イグダーラが簡単にレイアップを決めるかに思われた。レブロンはコートの左サイドからスプリントバックし、イグダーラのシュートをブロックした。ウォリアーズはその後得点を奪えず、キャブズがアービングの決勝3Pでシリーズを制した。

レギュラーシーズン73勝、プレイオフでは12勝5敗でファイナルに臨んだ相手に対し、シリーズ3勝1敗からの大逆転劇をやってのけた。レブロンは第7戦でトリプルダブルを達成。彼はキャブズの得点の56%を自ら獲得あるいはアシストする大活躍だった。

「2016年の第7戦、ハーフタイム明けからのパフォーマンスは、誰もが得点できるわけではない」

『92.3 The Fan』でモーニングショーのホストを務めるカーマンは語った。

「ギリシャ神話に出てくるような男でなければ、あのような状態からチームを立ち直らせることはできない。彼らが立ち上がる姿を見るのは、最も楽しいことの一つだった」

2016年の優勝は、2010年にFAでマイアミ・ヒートに移籍して物議を醸したことから始まった、レブロンの物語の頂点だった。『ザ・ディシジョン』("The decision"=決断。ヒートへの移籍をESPNの番組内で大々的に発表し、猛批判を浴びた)は、これ以上ないほど非難され、今でもレブロンに対して、彼を嫌われ者にするような、ある種の武器として使われている。あれから15年。あの夜起こったこと、あるいはそれがどのように起こったのかに依然として悩まされている人たちがいるだろうか? いるとすれば、レブロンの評価を下げるためにわざと悩んでいるのだ。

2010-2011シーズンから2017-2018シーズンまで、レブロンはヒートとキャブズの一員としてファイナルに進出した。1957年から1966年にかけてラッセルが10年連続でファイナルに進出したが、その時代の3倍以上のチームがリーグに存在する時代に8回連続のファイナル進出を達成したのだ。

「8年連続ファイナル進出というのは、みんな話題にすらしない。歴史や統計に詳しい人たちはみな、そのことを話題にしないんだ」とカーは語る。

「私にとっては、それこそが最も重要な偉業だ。彼があと何回優勝しようが関係ない。僕にとっては、彼の決定的な功績だよ」

チームに与える影響力

レブロンが2003年のNBAドラフト1位で指名される前年、キャバリアーズは17勝65敗の成績だった。彼の最初のシーズンは35勝47敗。レブロン加入で、18の勝ち星を上積みしており、レブロンがチームにとっていかに重要な存在かを示す最も信頼に足る指標だ。そして後に彼はキャブズを去った。

ジョーダンが1984年にブルズに入団したとき、チームは前年比で11勝を上乗せした。確かにチームは良くなった。ただ、レブロンの時ほどではなかった。

彼らがチームを去った後に何が起こったかを見れば、さらにはっきりわかるだろう。

レブロンがキャブズを去る前年である2009-2010シーズン、キャブスはレギュラーシーズン61勝を挙げた。彼がマイアミに移籍した翌シーズンは19勝と大きく成績を落としたが、他の7人のローテーションプレイヤーのうち5人は同じであったにもかかわらず、42もの勝ち星の差がついたのである。

ジョーダンがMLBのマイナーリーグでプレイするために1度目の引退を決意する前年の1992-1993シーズン、ブルズは57勝25敗だった。ジョーダンがバーミンガム・バロンズで外野手としてプレイしていた1993-1994シーズンは、ブルズは55勝27敗と少しだけ後退したにすぎなかった。

1994-1995シーズン、ブルズは34勝31敗という記録だったが、ジョーダンがシーズン途中に復帰して以降は13勝4敗と大きく成績を伸ばした。

レブロンがヒートに加入した最初のシーズンで、ヒートは前年から勝ち星を11上乗せし、彼が去ったシーズンには17勝減少した。2014-2015シーズンにキャブズ復帰を果たした際には、チームの勝ち星が前年の33から53にまで増えた。

レブロンが行くところには勝利もついてくる。彼がいるだけで苦しいキャリアを過ごしていた選手がチャンピオンになることもある。最も明らかなのは、JR・スミスとイマン・シャンパートのケースだ。2014-2015シーズン、彼らは不振にあえぐニューヨーク・ニックスのローテーションプレイヤーだった。キャブズは3チーム間のトレードで彼らを獲得し、以降34勝13敗でレギュラーシーズンを終え、NBAファイナルに進出したキャブズの重要なローテーションプレイヤーとなった。その翌年にはNBA優勝も果たした。

伝説的なヒューストン・オイラーズのコーチ、バム・フィリップスの言葉が、最も分かりやすいだろう。

「彼は彼のチームメイトとプレイしようと、あなたのチームメイトと一緒にプレイしようと相手を打ち負かすことができる」

つまり、誰と一緒にプレイしたとしても勝利できるという褒め言葉だ。

アメリカンフットボールのレジェンドであるドン・シューラに対しての言葉ではあるが、レブロンにも当てはまる賛辞であろう。

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激しい競争環境でも結果を出し続ける

このような議論でほとんど引き合いに出されることがないのは、アメリカ国内だけでなく、世界中でのバスケットボールの劇的な成長である。

レブロンがNBA入りした翌年の2004-2005シーズン、シャーロットはNBAチームを誘致した。それ以来、NBAは30チーム体制で運営され、1980-1981シーズンには1.7%だった海外出身選手の割合が、2024-2025シーズンには35%にまで増加している。アルビダス・サボニス、サルナス・マーシャローニス、ドラゼン・ペトロビッチのように政治的な理由でNBA入りを制限されることはない。ほぼ例外なく、世界最高の選手たちが全盛期をNBAで過ごしている。

1990年代の偉大なプレイヤーは、NBAがまだ世界中の才能を受け入れる段階になかったことで、多少なりとも利益を得ただろう。人々はピストンズやニックスがいかにたくましかったかを記憶しているが、(海外出身選手に十分に機会が与えられていなかったことで)NBA選手と呼ばれる幸運に恵まれた選手がリーグに何十人もいたことを忘れている。

レブロンはキャリアを通じて、世界最高峰の選手たちと対戦してきた。 ヤオ・ミン、トニー・パーカー、パウ・ガソル、ヤニス・アデトクンボ、ニコラ・ヨキッチといった米国外出身選手たちだ。そしてもちろん、ステフィン・カリー、ケビン・デュラント、ティム・ダンカン、ケビン・ガーネットといったアメリカのスーパースターたちとも凌ぎを削ってきた。

「ジョーダンは完璧なタイミングでNBAにやってきた。マジック・ジョンソンは少し年上だったし、ラリー・バードも年上だった。そして、人々が見たこともないようなことをたくさんやってのけた。彼のシューズを履き、ジングルを歌い、『Space Jam』を歌い、誰もが彼のようになりたいと思った。それは当然の心理だ」とミルウォーキー・ジャーナル・センティネルのコラムニスト、ジェームズ・コーシーは語った。だが彼は、2024年にレブロンがジョーダンを超えたというコラムを執筆した。

「レブロンがNBAに入ってきたときは、はるかに厳しい競争環境だったと思う。リーグに入ってから20年間ずっと、そのリーグを支配している選手を見たことがあるだろうか? 彼は今でも同じことをしている。息子と一緒にプレイできるほど、NBAに長い間残っている。信じられないよ。こんなことは二度とお目にかかれないだろうね」

なぜ我々はGOAT議論に熱中するのか?

インターネットが普及する前、GoogleやSiriやAIが登場する前の時代、新聞社のスポーツ部に勤めていれば、酒の席でああだこうだと議論していたかもしれない。ファーギー・ジェンキンスとボブ・ギブソン(MLBの元投手)のどちらが三振が多いか? あるいは、もっと具体的でないこと、例えばミッキー・マントルとウィリー・メイズ(MLBの元野手)はどちらが優れていたか? 何らかの形で判定を下す人たちは、中立的な第三者の意見を受け入れることに以前は積極的だったかもしれない。

スポーツは、何世代にもわたって、こうした議論も伴って繁栄してきた。スポーツ中継の枠を埋めるために発明されたものではない。好きだからやっているのだ。そして、「ジョーダン対レブロン」はスポーツ界の頂点に位置する議論かもしれない。

「レブロンとジョーダンの話をするのは、昔からよくあることだと思う。みんなその話をするんだ」とカーマンは語った。

「『天気はどう?』という会話のきっかけのようなものに近い」

しかし、レブロン派には、多くのバスケットボール以外の要因によって負担がかかっている。声高らかにジョーダンを支持する人々は、ジョーダンをアイコンとして育ったため、彼らの主張はジョーダンの選手としての偉大なキャリアと同じくらいノスタルジア(郷愁)に根ざしている。またレブロンは、2014年にニューヨークで起きたエリック・ガーナー氏の死亡事件に抗議するTシャツを試合前に着用するなど、政治的な立場を取ることを厭わないことで反感を買ってきた。

ジョーダンが、ノースカロライナ州の現職ジェシー・ヘルムズ(人種隔離を主張し、後にマーティン・ルーサー・キング・デーの祝日制定に反対する議事妨害を行なった)に対抗する黒人上院議員候補を支持しないことを、友人に「共和党員も靴を買うんだ」という言葉でほのめかしたことは有名だ。のちに彼は、これはジョークのつもりだったと主張した。

「レブロンは問題を起こしたことがない。彼は悪いことをして非難されたことがない。彼は結婚している。彼は偉大な父親だし、3人の子供を育てた。彼があまりに優れた人物であるために、人々から嫌われていると思う」とコーシーは語った。

「マイケル・ジョーダンには意地悪なところがあった。彼がジャージーにサインしなかったり、チームメイトを邪険に扱ったり、そういう話を聞いたことがあるだろう。多くの人が、そのガキ大将のイメージに共鳴しているんだと思う」

「僕らは今、全く違う時代に生きていて、そういうエッジの効いた人が好まれる傾向にあるんだ」

レブロンはアンチたちから『リング・チェイシング』(優勝できそうなチームを求めて移籍する選手)と非難されてきた。しかし、それこそが選手としてのあるべき姿である。ただ、チームを変えなくてもそれができる選手もいるという話だ。

ジョーダンにはブルズで、殿堂入りコーチ(フィル・ジャクソン)、殿堂入りしたチームメイト(スコッティ・ピッペン、のちにデニス・ロッドマン)、殿堂入りのGM(ジェリー・クラウス)とともにチームを作り上げる機会があった。キャブズにドラフトされた時、レブロンにはそんな環境は一切なかった。彼が20年以上のキャリアの中で出会った、チーム運営に携わった明確な殿堂入りの人物と言えば、ヒート時代のエリック・スポールストラHCとパット・ライリー社長くらいであろう。

それでも彼は勝つ。彼は試合に出続ける。バスケットボールに取り組む。彼はチームメイトを向上させる。

レブロンがやってきたことを、これほど長く続けてきた選手はいない。

APとESPNでNBAを取材してきた、ベテランジャーナリストのクリス・シェリダンはこう語った。

「レブロンは自然が生んだ特異な存在であり、史上最高のアスリートの一人だ。彼は今でもプレイ続けているし、並外れたレベルでプレイしている」

彼の旅路が続く限り、それは見る価値のあるショーだ。我々は目を見開き、彼のプレイを心から楽しむだけで良いのだ。

原文:The case for LeBron James over Michael Jordan in NBA’s GOAT debate
抄訳:小野春稀(スポーティングニュース日本版)

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Mike DeCourcy

Mike DeCourcy has been the college basketball columnist at The Sporting News since 1995. Starting with newspapers in Pittsburgh, Memphis and Cincinnati, he has written about the game for 37 years and covered 34 Final Fours. He is a member of the United States Basketball Writers Hall of Fame and is a studio analyst at the Big Ten Network and NCAA Tournament Bracket analyst for Fox Sports. He also writes frequently for TSN about soccer and the NFL. Mike was born in Pittsburgh, raised there during the City of Champions decade and graduated from Point Park University.

小野春稀 Haruki Ono

スポーティングニュース日本版アシスタントエディター。大学生。元はスポーティングニュースのNBAニュースを毎日楽しみにしていた読者であったが、今では縁あってライターとして活動している。小学生の時にカイリー・アービングのドリブルに魅了されNBAの虜に。その影響で中高6年間はバスケに熱中した。主にNBAの記事を執筆している。