■BC埼玉・角晃多球団社長、2008年ドラフトを振り返る
小さな体で夢をかなえた。元ロッテ内野手の角晃多氏はプロ野球独立リーグ、ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズで球団社長を務めて5年目を迎えている。父は巨人のリリーフエースとして活躍した角盈男氏。次男である晃多氏は、東海大相模高時代の2008年ドラフトで、ロッテから育成3位指名を受けて父と同じくプロの世界に飛び込んだ。
「プロになるためにはどうしたらいいのか、ということしか考えていませんでした」という高校時代。中学時代と高校1年時の2度、右膝を手術した影響もあり2年夏までは1本塁打にとどまったものの、2年秋から3年夏にかけて35本塁打を放った。
身長168センチと野球選手としては小柄ながら、俊足と堅実な内野守備に加えてパンチ力ある打撃も披露。甲子園出場こそ逃したものの知名度は全国区で、ドラフト戦線にも名前が挙がるようになった。
ただ、やはり体のサイズに不安を感じたスカウトが多かったのは事実。そこで2008年10月5日、千葉マリンで行われたロッテの入団テストを受けた。1次を突破すると2次テストのフリー打撃では左投手から三塁打。当時の首脳陣とスカウト陣へのアピールに成功した。
迎えた同30日のドラフト会議では支配下での指名は見送られたものの、ロッテが育成選手として指名。当時の心境を「プロへの入り方は、別に気にしていませんでした」と振り返る。
「しっかり教育を受けていたからだと思いますけど、いつも自分を客観視できていました。普通に考えると、手術を2回していて、高卒の選手という状況を考えたら、プロ野球サイドからしたら、なかなか手を出しにくい商品だと思っていたんです」
\パ全試合生中継!/
■「何でもいい」「入り方を選んでる場合じゃない」
一方、東海大相模のチームメートで同学年の大田泰示(巨人-日本ハム-DeNA)は2球団が1位指名で競合し巨人が交渉権を獲得。身長188センチの恵まれた体格も生かした高校通算65本塁打のスラッガーは、高い期待を受けて新たなステージに進んだ。
2年秋以降は3番・大田とともに4番打者として高校球界屈指の強豪校をけん引。それが1位競合と育成選手に分かれたのである。複雑な思いを抱いても不思議ではないが「泰示は素材型ですし、自分とはタイプが違います。そこは理解していました」と割り切り、ともにドラフト指名を受けたことを素直に喜んだ。
「自分の場合は、プロに入れるんだったら何でもいいという感じでした。とにかくプロ入りへの思いが強かったんです。入り方を選んでる場合じゃないと思っていました」
最優秀救援投手のタイトルを獲得するなど輝かしい実績を残した父に続くプロ入りは幼少期からの目標であり、宿命でもあった。どんな形でもいいから、父と同じスタートラインに立つ。本当の勝負は、そこからだと心に誓い、厳しい世界に飛び込んでいった。
✍️この記事はいかがでしたか? 読後のご意見・ご感想をぜひお聞かせください
関連記事
- 巨人守護神Jr.、重圧なくプロ目指した日々
- 目前で逃した甲子園…ロッテ内野手の後悔
- 一線級より上位 ロッテ高評価の輝く原石
- ロッテコーチの「責任」…退団の背景
- 開幕前に決断 現役引退の裏側
- 「プロはまあ無理」からドラ1への変貌
- 困惑したロッテ指名 ドラ1右腕が語る舞台裏
- ロッテとの違いに戸惑い…引退決断した舞台裏