2025年のF1世界選手権は、マクラーレンのランド・ノリスが自身初のワールドチャンピオンに輝き、チームもまたコンストラクターズタイトルを獲得。イングランドのサリー州・ウォーキングにあるマクラーレンのファクトリーにドライバーズとコンストラクターズの双方のトロフィーが並ぶのは、実に1998年以来、27年ぶりのことだ。
メディアやSNS上では、ノリスが「ナイスガイ」のままタイトルを獲得したと盛り上がりを見せている。F1ドライバーには世界でたったの20人だけがなることのできる非常に狭き門だ。並外れた才能は当然として、この世界は人・モノ・金の動く規模が桁違い。
政治的な駆け引きがあることからも、F1は常人の精神ではとても耐えることのできない世界だ。どのスポーツにも言えることだが、相手を完膚なきまでに叩き潰すことを考え、自分が常にナンバーワンであることを信じ、努力し邁進する姿勢がどうしても必要になってしまうのだ。厳しい世界では自分が生き残ることだけで精一杯なのである。
ノリスは天性のスピードを持ったドライバーだが、元来争いごとを好まない性格。その優しさが彼のワールドチャンピオン獲得の妨げになっているという意見が多かった。そのノリスが、目下4連覇中の絶対王者であるマックス・フェルスタッペンのプレッシャーに耐え、タイトルを手中に収めたのだから、このような話題があがるのも無理はない。
ミカ・ハッキネンを彷彿とさせるノリスのタイトル獲得
そんな「ナイスガイ」なノリスが世界の頂点に立った時、27年前の記憶に想いを馳せるファンも少なくなかったのではないだろうか。1998年の最終戦日本GP、今のパパイヤカラーとは違い、シルバーとブラックのカラーを纏ったMP4-13を駆るミカ・ハッキネンが悲願のワールドチャンピオンに輝いた。
ハッキネンといえば、F1にくる前からその才能は知れ渡っており、イギリスF3でタイトルを獲得し、マカオGPではアイルトン・セナのレコードタイムを更新して見せた。そんなマカオで相まみえたのがF1の舞台でライバルとなるミハエル・シューマッハだった。シューマッハはマカオでハッキネンに勝ちF1にデビューすると、凄まじい勢いで頂点に駆け上っていった。
一方、ハッキネンはF1デビュー後も苦戦が続き、1995年には生死をさまよう事故も経験した。そんな長いトンネルを抜け出し、1997年の最終戦にて初優勝を飾ると、翌年には圧倒的な速さでシーズンを席巻。同年、悲願のワールドチャンピオンに輝いた。翌年もタイトルを獲り、連覇を達成したハッキネンだが、彼ほどの人格者が2年連続でワールドチャンピオンに輝くことは偉業と言える。
ハッキネンの印象的なシーンと言えば、2000年のベルギーGPでのオーバーテイク、1998年、1999年、そして2000年の日本GPでシューマッハと繰り広げた異次元のポールポジション争い、そして最後の優勝となった2001年のアメリカGPなどがある。しかし、彼が人格者であり、フェアなアスリートであることを見せてくれたシーンがある。それは、自身初のタイトルがかかった1998年最終戦・日本GPの決勝直前のこと。
最強のライバルであるシューマッハとの一騎打ちとなった同年のタイトル決定戦。ダミーグリッド上の緊張感は言葉では言い表せないほど独特でしびれるもの。ましてやタイトル決定戦ともなればなおさらだ。夢にまで見た世界タイトルがかかる一戦を前に、ハッキネンはシューマッハのグリッドに向かい、握手を求めた。お互いしっかり握手を交わし、フェアプレイを誓ったこのシーンこそ、ミカ・ハッキネンというドライバーの魅力が詰まった場面ではないだろうか。
走りも決して相手を陥れるようなことはしなかった。多くの成功を収めたシューマッハは、勝利のためにリスクになりえる行動をすることは少なくなかったが、ハッキネンとの戦いにおいてはシューマッハであってもクリーンなレースをみせた。シューマッハ自身、引退後のインタビューで「最も尊敬したライバル」としてハッキネンの名を挙げているが、フェアに戦いたいと思わせるところもハッキネンならではの魅力といえる。
ノリスもフェルスタッペンとのタイトル争いを演じ、あと一歩ワールドチャンピオンに届かなかった2024年シーズンを経て、精神的にも強いドライバーになった。彼の速さもさらに磨きがかかり、フェルスタッペン、そして僚友のオスカー・ピアストリとの三つ巴の戦いを制した。
ノリスがチームスタッフやファンに対して見せる屈託のない笑顔も、ハッキネンが表彰台で見せた野暮ったいガッツポーズとはにかんだような笑顔も、「周囲から愛されるチャンピオン」として印象的なものになった。
かつてハッキネンがそうであったように、ノリスもまた、これからのF1を背負うアイコンとなるだろう。マクラーレンのダブルタイトル獲得。それは、純粋な速さとフェアプレイがもたらした、27年越しの物語である。
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