■70年間出ていない幻の4技
大相撲において、勝敗が決した時の技を指す「決まり手」。日本相撲協会が現在定めている82手の中に、幕内ではまだ一度も出ていない決まり手が存在することをご存知だろうか。
年6回、各15日間ずつ開催されている大相撲は、腰にまわしをつけた2名の力士が土俵の上で戦う。相手を土俵の外に出すか、もしくは土俵上に足の裏以外の部分をつけさせると勝ちとなる。
勝負が決まった際は、勝敗と共に決まり手が記録される。基本的には、攻撃を仕掛けて勝利した力士の技が決まり手となる。相手を押して土俵外へ出せば「押し出し」、まわしを掴み組んだ状態で土俵外に出せば「寄り切り」といった具合だ。
決まり手はかつて種類・定義が定まっていない時代もあったが、日本相撲協会が1955年に68手を制定した。その後、1960年に70手、2001年に82手と、時代の流れとともにアップデートが行われながら現在に至っている。
本場所の幕内では出現頻度の差はあれ、ほとんどの決まり手は記録されている。一方、最初の制定からまだ一度も出ていない、レア中のレアともいえる技もある。それが「掛け反り」、「たすき反り」、「撞木反り」、「外たすき反り」の4つだ。
掛け反り(かけぞり)とは?
相手の差し手の脇の下に自らの頭を入れ、踏み込んだ足で切り返し相手を後ろに倒すか、外掛けで反り倒す。
たすき反り(たすきぞり)とは?
相手の差し手の肘を抱えながら潜り込みつつ、もう一方の手で相手の足を内側から取り体を反らせて後ろに倒す。
撞木反り(しゅもくぞり)とは?
たすき反りと同じ形で懐に入った後、相手を肩にかつぎ上げてから後ろに反り倒す。
外たすき反り(そとたすきぞり)とは?
相手の差し手を抱えながら、もう一方の手を相手の差し手側の内股に入れ、体を反らせて後ろに倒す。
■4技が現在まで出ていないワケ
上記4つの技の形はそれぞれ違うが、仕掛ける側の力士が相手の懐に潜り込んだ上で体を反らせるという点は共通している。この共通点が制定以降この4技が出ていない最大の原因となっている。
相撲では一般的に、相手と適度な間合いを取り、低い体勢から相手の体勢をぐらつかせるように攻めることが良しとされる。一方、上記4つの技は相手に密着することで動きが制限される上、一度とられると一気に戦況が悪くなる背中をさらすことにもなる。
加えて、何とか技の体勢に入れたとしても、相手に上から体重をかけられ潰される、担ぎ上げた相手に暴れられ体勢を崩すといったリスクがある。さらに、角界では時代の流れとともに力士の大型化が進んでおり、相手を反り倒したり担ぎ上げたりすること自体がそもそも困難になってもいる。
■初記録に期待がかかる“業師”
年々難易度が高くなっているともいえる4技だが、この先も現状が続いていくとは限らない。現在の角界では、5月場所で東前頭5枚目に位置している宇良が歴史の扉を開ける可能性を漂わせている。
身長175センチ、体重139キロの小兵力士である宇良は、十両時代の2017年1月場所、十両以上の取組では史上初となるたすき反りを決めている。この時の宇良は立ち合い早々に相手に左を差された上、自身の右は抱え込まれるという不利な状況に陥った。だが、相手の左脇に頭をねじ込むと、右に回転しながら体を反らせ相手を土俵に這わせた。
また、2022年9月場所では幕内で20年出ていなかった反り技「伝え反り」を決めると、2024年1月場所、2025年1月、5月場所でもそれぞれこの技を決めている。宇良は角界入り前から反り技の使い手として名が知られていたが、その名に違わぬ業師ぶりが多くのファンを魅了し続けている。
4技を含めた決まり手が制定されてから今年で70年が経つ。長い歴史の中で幕内ではまだ出ていない幻の決まり手を宇良が決めるのか、それとも他の力士から飛び出るのか。今年は残り3場所となっている本場所では、勝敗はもちろん、どのような技が決まったのかも要注目だ。