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NBAプレイオフで最もガッツある7試合──アーロン・ゴードンのハムストリング負傷からマイケル・ジョーダンのインフルエンザ・ゲームまで

Dan Treacy

佐藤瑞紀 Mizuki Sato

NBAプレイオフで最もガッツある7試合──アーロン・ゴードンのハムストリング負傷からマイケル・ジョーダンのインフルエンザ・ゲームまで image

82試合に及ぶレギュラーシーズンを終えた後、プレイオフ開始時に健康な状態を保てているNBA選手は幸運だ。プレイオフが終わる頃に健康を保っていられる選手は、もはや奇跡に近いのかもしれない。

チャンピオンへの道はプレイオフの激しいフィジカルコンタクトと、過酷なレギュラーシーズンを経て、常にケガによって左右される。プレイオフを勝ち進むにつれてチーム全体が健康を保つのは困難で、主力選手の負傷は避けられず、予測不能な展開がつきまとう。

しかし中には、常識では考えられないような困難を乗り越えてプレイし続けた選手たちもいる。

ここでは、マイケル・ジョーダンからウィリス・リードまで、NBAプレイオフ史上最もガッツあふれる7つのパフォーマンスを紹介する。

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7. ラジョン・ロンド 脱臼した肘で復帰(2011年東準決勝)

Rajon Rondo injury

元セルティックスのラジョン・ロンドは2011年イースタン・カンファレンス準決勝第3戦のヒート戦で、ボストンファンの記憶に残る衝撃的な復帰を果たした。

ルーズボールを追う際に肘をひどく脱臼し、その試合はもちろん、今後の出場も絶望的に見えた。多くの視聴者が直視できないほどの負傷だったにもかかわらず、ロンドは試合に戻り、セルティックスの97-81の勝利に貢献した。

試合後、ロンドは「戻りたかったし、メディカルスタッフに任せた」と語り、治療については「まだ感覚がなかった」と明かした。

この試合でロンドは6得点にとどまったものの、11アシストを記録。これがセルティックスにとって同シリーズ唯一の勝利となった。

6. アーロン・ゴードン ハムストリング重傷を抱えて第7戦出場(2025年西準決勝)

Aaron Gordon Nuggets

ナゲッツのアーロン・ゴードンは2025年プレイオフで数々のクラッチプレイを見せたが、ウエスト準決勝第6戦でグレード2のハムストリング損傷を負った。

このケガは通常、少なくとも1か月の離脱を要するもので、ウォリアーズのステフィン・カリーもグレード1でシリーズ4試合を欠場していた。しかしゴードンは欠場を否定し続け、第7戦にスタメン出場。

明らかに動きは鈍かったが、前半に8得点、試合を通して11リバウンドという驚異的なスタッツを記録した。

5. アイザイア・トーマス 重度の足首捻挫でもプレイ(1988年NBAファイナル)

Isiah Thomas

ピストンズは1988年NBAファイナルでレイカーズ相手に3勝2敗とリードを奪ったが、エースのアイザイア・トーマスが足首を重度に捻挫したことで流れはレイカーズに傾いた。

トーマスは明らかに痛みを感じていたが、第6戦の後半から出場し、第3Qだけで25得点を叩き出す大活躍。最終的に1点差でレイカーズが勝利し、第7戦へ持ち込んだ。

第7戦でもトーマスは出場したが、さすがに影響は大きく、ピストンズは惜しくも敗戦。

とはいえ、このシリーズで見せたガッツあふれるプレイは、「バッドボーイズ」時代の象徴的瞬間として語り継がれている。

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4. アイザイア・トーマス 妹の死の翌日に33得点(2017年東1回戦)

Isaiah Thomas

元セルティックスのアイザイア・トーマスは2017年のプレイオフ初戦を前日に妹が交通事故で亡くなるという悲劇の中で迎えた。

それでもトーマスは第1戦に出場し、33得点を記録。6リバウンド・6アシストも加え、フィールドゴール18本中10本成功とシリーズで最も効率の良い内容だった。

第1戦では「Chyna, RIP Lil Sis(妹チャイナよ、安らかに)」と書かれたスニーカーを着用。

試合後、チームメイトのアル・ホーフォードは「彼がどれほど辛い状況にあるかは分かっていた。だからこそ、彼の出場には本当に敬意を表したい」と語った。

3. ケビン・マクヘイル 足の骨折を押してファイナル進出(1987年プレイオフ)

1987 Celtics

1987年のプレイオフでセルティックスのケビン・マクヘイルは足の骨折を抱えながら、イーストを勝ち抜きファイナルに導いた。

レギュラーシーズン終盤に骨を折っていたにもかかわらず、医師の忠告を無視してプレイを継続。ロバート・パリッシュやビル・ウォルトンも負傷していた中、21試合中16試合で20得点以上をマークした。

ファイナルではレイカーズに6戦で敗れたが、マクヘイルが片足でできることはすべてやり切ったと言える。その後、オフに手術を受け、翌シーズン序盤は欠場した。

2. ウィリス・リード 負傷を押してニックスを初優勝に導く(1970年NBAファイナル)

Willis Reed

ニックスのレジェンドであるウィリス・リードは、1970年NBAファイナル第5戦で太ももの靭帯を断裂し、第6戦を欠場。

しかし第7戦、マディソン・スクエア・ガーデンに登場し、ウォームアップを行ってスタート出場を果たすと、試合の最初の2本のシュートを成功させた(この4点が彼の唯一の得点だった)。

リードの奇跡的な出場に奮起したニックスはそのまま勝利し、フランチャイズ初の優勝を手にした。

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1. マイケル・ジョーダン 伝説の「インフルエンザ・ゲーム」(1997年NBAファイナル)

NBA史に刻まれる「インフルエンザ・ゲーム(Flu Game)」──1997年ファイナル第5戦でマイケル・ジョーダンは38得点を記録。

当初はインフルエンザとされていたが、後に「食中毒説」「二日酔い説」などが浮上。ジョーダン本人は2020年の『The Last Dance』で、「一人でピザを食べて、夜中の2時半に嘔吐し始めた。だから実際はインフルエンザじゃなくて、食中毒だった」と語っている。

いずれにせよ、ジョーダンが体調不良の中で見せたパフォーマンスは驚異的で、試合終盤にはスコッティ・ピッペンに抱えられながら退場する姿が印象的だった。

ブルズは第6戦にも勝利し、5度目の優勝を達成した。

原文:7 gutsiest NBA playoffs performances, from Aaron Gordon hamstring injury to Michael Jordan flu game & more
抄訳:佐藤瑞紀(スポーティングニュース日本版)

Dan Treacy

Dan Treacy is a content producer for Sporting News, joining in 2022 after graduating from Boston University. He founded @allsportsnews on Instagram in 2012 and has written for Lineups and Yardbarker.

佐藤瑞紀 Mizuki Sato

京都府生まれ、立命館大学卒。The Sporting Newsのアシスタントエディター。大学在学中は、ファッションに携わり、Levi'sやセレクトショップでスタッフとしてキャリアをスタート。大学卒業後に上京し、ファッションとカルチャーを結びつけた記事を執筆。バスケ未経験ながら、2015年にカリーのプレーに魅了され、NBA観戦が大好きになる。