F1ドライバーの肉体は戦闘パイロット並み? 知られざる究極のフィジカルトレーニング

加古浩子 Hiroko Kako

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近日公開された映画『F1/エフワン』で注目を集めるレーサーは、座ってレーシングカーを操っているだけではない。レース中の約2時間で心拍数は180を超え、発汗量は2~3リットルにも及ぶ。また極限ともいえるGフォースは、首に400kgの重りを支え続けている状態だ。F1ドライバーはアスリートなのだろうか。

■圧倒的なGフォースと人体の限界

Gフォースは加速度によって体にかかる力を重量の何倍かで表した単位のこと。例えば、普通に立っているときに足にかかる重量は1Gだ。F1のレースでGフォースがかかる場面は大きく分けて3つある。

1つ目は加速時だ。後に引っ張られるような力が1~2G。2つ目はブレーキング時に前のめりになる力が4~5G。3つ目はコーナリング時に横に押しつぶされそうな力が最大6Gかかる。いわゆる横Gと言われるものである。体重70kgのドライバーなら420kgの力が首や体にかかることになる。

ジェットコースターに乗ると「体が浮く」「横揺れに押しつぶされそうになる感覚」を受けることがあるだろう。一般的なジェットコースターで感じる重力は、約1.5G~2G。6Gは約3倍にも及ぶ重力を体と首で支えなければならないのだ。


■F1ドライバーのトレーニング

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getty

ではF1ドライバーたちはどのようなトレーニングを日々行っているのだろうか。

反射神経と視野トレーニング

  • ランダムに光るパネルを素早くタッチすることで反射速度と判断力を鍛える。
  • テニスボールを壁に投げ、ボールを片手でキャッチ。視野と反射神経を刺激する。
  • 集中力と空間認識を高めるために脳トレとしてテトリスやパズルゲームを行うこともある。

前腕・握力・ステアリング操作力トレーニング

  • ステアリングにウエイトを装着して回す。セルジオ ペレスが取り入れており、実戦に近い筋肉を刺激することができる。
  • ハンドグリッパーやグリップボールでステアリングを握り続ける力を養う。

Gフォース対策トレーニング

  • レジスタンスバンドで首をトレーニング。首にバンドを巻いて左右前後に引っ張っる。
  • おもり付きヘルメットでカート走行を行う。このトレーニングはカルロス サインツが実践している。
  • ダニエル・リカルドの定番トレーニングは、仰向けで首を上下運動が取り入れられている。75回×3方向行うことで柔軟性も得ることができる。

そのほかにも体幹を鍛えるといった定番メニューも多いが、他のスポーツと比較すると筋力をつけすぎないことが重要だ。車体重量との兼ね合いで、筋肉をつけすぎると不利になるため、必要最小限の筋力を効率的に鍛えなければならない。


■トップ選手のトレーニングエピソード

マックス ・フェルスタッペン…「疲れるなら鍛え方が足りない」

元F1ドライバーでもある父、ヨス ・フェルスタッペンの教え。ドライビング中に疲れてはいけない。疲れるなら鍛え方が足りない証拠だといわれて育ってきた。「筋トレは好きではないが、やるしかないと思って取り組んでいる」と本人も語っているように、勝つために必要なことをやるプロ意識の象徴だ。

ルイス ・ハミルトン…「心も整えなければ速くはなれない」

ハミルトンのトレーニング哲学は、ライフスタイルにも通じている。肉体はもちろんのこと、メンタルの安定と自己認識を重視した日常を送ることだ。そのため、瞑想や呼吸法、ピラティスなども取り入れたトレーニングを行っている。またヴィーガンの食生活を取り入れるなど心身のバランスがパフォーマンスに直結するという信念をもっているようだ。

ダニエル ・リカルド…「首が一番つらいけど、一番やりがいがある」

楽しみながら鍛える陽気な努力家であるリカルドらしく、地道なトレーニングを重ねている。Gフォースに耐えうるための努力と、乗り越える喜びが込められたコメントだ。

角田裕毅…「トレーニングは嫌いだが、レベルアップした自分を見せたい」

2022年のトレーニングでは、首のトレーニングに特殊なヘルメット装置やゴムバンドを使用している。そのほかにも体力面の強化や心肺機能のトレーニングを実施し、心拍数を一定に保つことでレース中の安定性を確保する。トレーニングは大嫌いだと公言しがらも良いパフォーマンスのために準備を怠らない。

アイルトン・セナ氏…精神と肉体、そして環境の三位一体で構成した鍛錬

音速の貴公子として知られ1994年にレース中の不慮の事故で亡くなったアイルトン・セナ氏。当時としては革新的な自己管理を徹底的に行っていた。前腕と首の筋肉強化を行い、ジェットパイロット以上の筋力だった。毎日3時間のランニング、水泳、サイクリングを欠かさず体脂肪率は6%台というマラソン選手並みの数値を維持していたという。


■F1は人間の限界を知る最高の舞台

最大6Gの横Gに耐え、コックピットは50度を超える極限のレースに挑むため、筋力をつけすぎず必要な部分のみを精密に鍛えることが要求されるドライバーは、壊れない身体をつくるために科学的なトレーニングを行っているアスリートだ。そのうえ、時速300㎞を超えの中で数ミリ単位の判断を繰り返し、マシンの全てをリアルタイムに処理しながら走行を行う脳を持つマシンと化している。

しかし、どれほど鍛えても人間である以上ミスや感情は避けることができない。完全なマシンと不完全な人間のせめぎ合いが、F1の魅力といえるかもしれない。F1ドライバーは速く走る存在でありながら、マシンを知り尽くす人間センサーでもある。ただ座っているだけの存在では決してない。人間の極限を知る最高の舞台に立つために日々過酷なトレーニングに挑む完璧なアスリートたちだ。
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加古浩子 Hiroko Kako

スポーティングニュース日本版コンテンツライター